2013年11月21日

太宰治「津軽」

津軽の旅行は、五、六月に限る。津軽では、梅、桃、桜、林檎、梨、すもも、一度にこの頃、花が咲くのである。


 姪とアヤは、お弁当や何かで手間取つてゐるので、お婿さんと私とだけ、一足さきに家を出た。よい天気である。津軽の旅行は、五、六月に限る。れいの「東遊記」にも、「昔より北地に遊ぶ人は皆夏ばかりなれば、草木も青み渡り、風も南風に変り、海づらものどかなれば、恐ろしき名にも立ざる事と覚ゆ。我北地に到りしは、九月より三月の頃なれば、途中にて旅人には絶えて逢ふ事なかりし。我旅行は医術修行の為なれば、格別の事なり。只名所をのみ探らんとの心にて行く人は必ず四月以後に行くべき国なり。」としてあるが、旅行の達人の言として、読者もこれだけは信じて、覚えて置くがよい。津軽では、梅、桃、桜、林檎、梨、すもも、一度にこの頃、花が咲くのである。自信ありげに、私が先に立つて町はづれまで歩いて来たが、高流へ行く路がわからない。小学校の頃に二、三度行つた事があるきりなのだから、忘れるのも無理はないとも思つたが、しかし、その辺の様子が、幼い頃の記憶とまるで違つてゐる。
[初出]小山書店刊・昭19年11月

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「津軽」を収録している本をamazonで買う
▼津軽(新潮文庫)
太宰 治
4101006040

▼津軽(角川文庫)
太宰 治
4041099056

▼津軽(岩波文庫)
太宰 治
4003109058

▼太宰治全集〈7〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022570

▼太宰治全集〈8〉小説(7)(筑摩書房)
太宰 治
4480710582
posted by 北田信 at 11:50| 津軽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月02日

太宰治「斜陽」

人間は、嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。


 戦争。日本の戦争は、ヤケクソだ。
 ヤケクソに巻き込まれて死ぬのは、いや。いっそ、ひとりで死にたいわい。

 人間は、嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。この頃の、指導者たちの、あの、まじめさ。ぷ!
[初出]『新潮』昭22年7〜10月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「斜陽」を収録している本をamazonで買う
▼斜陽(新潮文庫)
太宰 治
4101006024

▼斜陽(角川文庫)
太宰 治
4041099064

▼斜陽 他1篇(岩波文庫)
太宰 治
4003109031

▼斜陽(集英社文庫)
太宰 治
4087520536

▼斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇(文春文庫)
太宰 治
4167151111

▼太宰治全集〈9〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022597

▼太宰治全集〈10〉小説(9)(筑摩書房)
太宰 治
4480710604
posted by 北田信 at 12:05| 斜陽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

太宰治「みみづく通信」

くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。


 私の講演は、それで終りました。一時間半かかりました。つづいて座談会の筈でありましたが、委員は、お疲れのようですから、少し休憩なさい、と私にすすめてくれましたが、私は、
「いいえ、私のほうは大丈夫です。あなた達のほうがお疲れだったでしょう。」と言いましたら、場内に笑声が湧わきました。くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。君と、ご同様です。
[初出]『知性』昭16年1月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「みみづく通信」を収録している本をamazonで買う
▼ろまん燈籠(新潮文庫)
太宰 治
4101006172

▼太宰治全集〈4〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022546

▼太宰治全集〈5〉小説(4)(筑摩書房)
太宰 治
4480710558
posted by 北田信 at 19:07| みみづく通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月26日

太宰治「女の決闘」

人は、念々と動く心の像すべてを真実と見做みなしてはいけません。


男は、あの決闘の時、女房を殺せ! と願いました。と同時に、決闘やめろ! 拳銃からりと投げ出して二人で笑え、と危く叫ぼうとしたのであります。人は、念々と動く心の像すべてを真実と見做みなしてはいけません。自分のものでも無い或る卑しい想念を、自分の生れつきの本性の如く誤って思い込み、悶々している気弱い人が、ずいぶん多い様子であります。卑しい願望が、ちらと胸に浮ぶことは、誰にだってあります。時々刻々、美醜さまざまの想念が、胸に浮んでは消え、浮んでは消えて、そうして人は生きています。
[初出]『月刊文章』昭15年1〜6月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「女の決闘」を収録している本をamazonで買う
▼新ハムレット(新潮文庫)
太宰 治
4101006121

▼ろまん灯篭(角川文庫)
太宰 治
404109903X

▼太宰治全集〈3〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022538

▼太宰治全集〈4〉小説(3)(筑摩書房)
太宰 治
448071054X
posted by 北田信 at 11:37| 女の決闘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月30日

太宰治「たづねびと」

ああ、人間は、ものを食べなければ生きて居られないとは、何という不体裁な事でしょう。


 父と母は、炒り豆をかじり水を飲んでも、一日や二日は我慢できるでしょうが、五つの娘と二つの息子は、めもあてられぬ有様になるにきまっています。下の男の子は先刻のもらい乳のおかげで、うとうと眠っていますが、上の女の子は、もはや炒り豆にもあきて、よそのひとがお弁当を食べているさまをじっと睨(にら)んだりして、そろそろ浅間(あさま)しくなりかけているのです。
 ああ、人間は、ものを食べなければ生きて居られないとは、何という不体裁な事でしょう。「おい、戦争がもっと苛烈(かれつ)になって来て、にぎりめし一つを奪い合いしなければ生きてゆけないようになったら、おれはもう、生きるのをやめるよ。にぎりめし争奪戦参加の権利は放棄するつもりだからね。気の毒だが、お前もその時には子供と一緒に死ぬる覚悟をきめるんだね。それがもう、いまでは、おれの唯一の、せめてものプライドなんだから。」とかねて妻に向って宣言していたのですが、「その時」がいま来たように思われました。
[初出]『東北文学』昭21年11月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「たづねびと」を収録している本をamazonで買う
▼グッド・バイ(新潮文庫)
太宰 治
4101006083


▼太宰治全集〈8〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022589


▼太宰治全集〈9〉小説〈8〉(筑摩書房)
太宰 治
4480710590
posted by 北田信 at 16:33| たづねびと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。