父と母は、炒り豆をかじり水を飲んでも、一日や二日は我慢できるでしょうが、五つの娘と二つの息子は、めもあてられぬ有様になるにきまっています。下の男の子は先刻のもらい乳のおかげで、うとうと眠っていますが、上の女の子は、もはや炒り豆にもあきて、よそのひとがお弁当を食べているさまをじっと睨(にら)んだりして、そろそろ浅間(あさま)しくなりかけているのです。
ああ、人間は、ものを食べなければ生きて居られないとは、何という不体裁な事でしょう。「おい、戦争がもっと苛烈(かれつ)になって来て、にぎりめし一つを奪い合いしなければ生きてゆけないようになったら、おれはもう、生きるのをやめるよ。にぎりめし争奪戦参加の権利は放棄するつもりだからね。気の毒だが、お前もその時には子供と一緒に死ぬる覚悟をきめるんだね。それがもう、いまでは、おれの唯一の、せめてものプライドなんだから。」とかねて妻に向って宣言していたのですが、「その時」がいま来たように思われました。
[初出]『東北文学』昭21年11月号
●ホームページ『太宰治論』はこちらです。
「たづねびと」を収録している本をamazonで買う
▼グッド・バイ(新潮文庫)
太宰 治
▼太宰治全集〈8〉(ちくま文庫)
太宰 治
▼太宰治全集〈9〉小説〈8〉(筑摩書房)
太宰 治


