「今でも、僕をすきなのかい」
乱暴な口調であった。
「僕の赤ちゃんが欲しいのかい」
私は答えなかった。
岩が落ちて来るような勢いでそのひとの顔が近づき、遮二無二私はキスされた。性慾のにおいのするキスだった。私はそれを受けながら、涙を流した。屈辱の、くやし涙に似ているにがい涙であった。涙はいくらでも眼からあふれ出て、流れた。
また、二人ならんで歩きながら、
「しくじった。惚れちゃった」
とそのひとは言って、笑った。
けれども、私は笑う事が出来なかった。眉をひそめて、口をすぼめた。
仕方が無い。
言葉で言いあらわすなら、そんな感じのものだった。私は自分が下駄を引きずってすさんだ歩き方をしているのに気がついた。
[初出]『新潮』昭22年7〜10月号
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