2010年03月18日

太宰治「富嶽百景」

富士山、さやうなら、お世話になりました。


 まんなかに大きい富士、その下に小さい、罌粟(けし)の花ふたつ。ふたり揃ひの赤い外套を着てゐるのである。ふたりは、ひしと抱き合ふやうに寄り添ひ、屹(き)つとまじめな顔になつた。私は、をかしくてならない。カメラ持つ手がふるへて、どうにもならぬ。笑ひをこらへて、レンズをのぞけば、罌粟の花、いよいよ澄まして、固くなつてゐる。どうにも狙ひがつけにくく、私は、ふたりの姿をレンズから追放して、ただ富士山だけを、レンズ一ぱいにキャッチして、富士山、さやうなら、お世話になりました。パチリ。
「はい、うつりました。」
「ありがたう。」
 ふたり声をそろへてお礼を言ふ。うちへ帰つて現像してみた時には驚くだらう。富士山だけが大きく写つてゐて、ふたりの姿はどこにも見えない。
[初出]『文体』昭14年2、3月号

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posted by 北田信 at 22:43| 富嶽百景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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