2013年10月02日

太宰治「斜陽」

人間は、嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。


 戦争。日本の戦争は、ヤケクソだ。
 ヤケクソに巻き込まれて死ぬのは、いや。いっそ、ひとりで死にたいわい。

 人間は、嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。この頃の、指導者たちの、あの、まじめさ。ぷ!
[初出]『新潮』昭22年7〜10月号

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2010年05月23日

太宰治「斜陽」

ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。


 待つ。ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞えるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。
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2009年08月05日

太宰治「斜陽」

いつまでもお母さまのうしろに立っていて、おしまいにはお母さまのしずかな呼吸と私の呼吸がぴったり合ってしまった。


 私は急に楽しくなって、ふふんと笑った。機(おり)にかないて語(かた)る言(ことば)は銀(ぎん)の彫刻物(ほりもの)に金(きん)の林檎(りんご)を嵌(は)めたるが如(ごと)し、という聖書の箴言(しんげん)を思い出し、こんな優しいお母さまを持っている自分の幸福を、つくづく神さまに感謝した。ゆうべの事は、ゆうべの事。もうくよくよすまい、と思って、私は支那間の硝子戸越しに、朝の伊豆の海を眺め、いつまでもお母さまのうしろに立っていて、おしまいにはお母さまのしずかな呼吸と私の呼吸がぴったり合ってしまった。
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2008年10月28日

太宰治「斜陽」

腕輪、頸飾(くびかざ)り、ドレス、帯、ひとつひとつ私のからだの周囲から消えて無くなって行くに従って、私のからだの乙女の匂いも次第に淡くうすれて行ったのでしょう。


 三十。女には、二十九までは乙女(おとめ)の匂(にお)いが残っている。しかし、三十の女のからだには、もう、どこにも、乙女の匂いが無い、というむかし読んだフランスの小説の中の言葉がふっと思い出されて、やりきれない淋しさに襲われ、外を見ると、真昼の光を浴びて海が、ガラスの破片のようにどぎつく光っていました。あの小説を読んだ時には、そりゃそうだろうと軽く肯定して澄ましていた。三十歳までで、女の生活は、おしまいになると平気でそう思っていたあの頃がなつかしい。腕輪、頸飾(くびかざ)り、ドレス、帯、ひとつひとつ私のからだの周囲から消えて無くなって行くに従って、私のからだの乙女の匂いも次第に淡くうすれて行ったのでしょう。まずしい、中年の女。おお、いやだ。でも、中年の女の生活にも、女の生活が、やっぱり、あるんですのね。このごろ、それがわかって来ました。英人の女教師が、イギリスにお帰りの時、十九の私にこうおっしゃったのを覚えています。
「あなたは、恋をなさっては、いけません。あなたは、恋をしたら、不幸になります。恋を、なさるなら、もっと、大きくなってからになさい。三十になってからになさい」
 けれども、そう言われても私は、きょとんとしていました。三十になってからの事など、その頃の私には、想像も何も出来ないことでした。
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2008年08月26日

太宰治「斜陽」

この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。


 どうやら、あなたも、私をお捨てになったようでございます。いいえ、だんだんお忘れになるらしゅうございます。
 けれども、私は、幸福なんですの。私の望みどおりに、赤ちゃんが出来たようでございますの。私は、いま、いっさいを失ったような気がしていますけど、でも、おなかの小さい生命が、私の孤独の微笑のたねになっています。
 けがらわしい失策などとは、どうしても私には思われません。この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。
 私には、はじめからあなたの人格とか責任とかをあてにする気持はありませんでした。私のひとすじの恋の冒険の成就(じょうじゅ)だけが問題でした。そうして、私のその思いが完成せられて、もういまでは私の胸のうちは、森の中の沼のように静かでございます。
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2008年05月29日

太宰治「斜陽」

しくじった。惚れちゃった。


「今でも、僕をすきなのかい」
 乱暴な口調であった。
「僕の赤ちゃんが欲しいのかい」
 私は答えなかった。
 岩が落ちて来るような勢いでそのひとの顔が近づき、遮二無二私はキスされた。性慾のにおいのするキスだった。私はそれを受けながら、涙を流した。屈辱の、くやし涙に似ているにがい涙であった。涙はいくらでも眼からあふれ出て、流れた。
 また、二人ならんで歩きながら、
しくじった。惚れちゃった
 とそのひとは言って、笑った。
 けれども、私は笑う事が出来なかった。眉をひそめて、口をすぼめた。
 仕方が無い。
 言葉で言いあらわすなら、そんな感じのものだった。私は自分が下駄を引きずってすさんだ歩き方をしているのに気がついた。
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2008年04月23日

太宰治「斜陽」

コスチウムは、空の色との調和を考えなければならぬものだという大事なことを知らなかったのだ。


 それを、ことしの春、死蔵品の復活とやらいう意味で、ときほぐして私のセエタにしようと思ってとりかかってみたのだが、どうも、このぼやけたような色合いが気に入らず、また打ちすて、きょうはあまりに所在ないまま、ふと取り出して、のろのろと編みつづけてみたのだ。けれども、編んでいるうちに、私は、この淡い牡丹色の毛糸と、灰色の雨空と、一つに溶け合って、なんとも言えないくらい柔かくてマイルドな色調を作り出している事に気がついた。私は知らなかったのだ。コスチウムは、空の色との調和を考えなければならぬものだという大事なことを知らなかったのだ。調和って、なんて美しくて素晴しい事なんだろうと、いささか驚き、呆然(ぼうぜん)とした形だった。灰色の雨空と、淡い牡丹色の毛糸と、その二つを組合せると両方が同時にいきいきして来るから不思議である。手に持っている毛糸が急にほっかり暖かく、つめたい雨空もビロウドみたいに柔かく感ぜられる。
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2008年01月08日

太宰治「斜陽」

ケチなやつからお説教されて、眼がさめたなんて者は、古今東西にわたって一人もあった例(ためし)が無えんだ。


 それは、叔父さんにも相談したが、叔父さんは、いまはそんな人集めの出来る時代では無いと言っていた。来ていただいても、こんな狭い家では、かえって失礼だし、この近くには、ろくな宿もないし、長岡の温泉にだって、二部屋も三部屋も予約は出来ない、つまり、僕たちはもう貧乏で、そんなお偉(え)らがたを呼び寄せる力が無えってわけなんだ。叔父さんは、すぐあとで来る筈だが、でも、あいつは、昔からケチで、頼みにも何もなりゃしねえ。ゆうべだってもう、ママの病気はそっちのけで、僕にさんざんのお説教だ。ケチなやつからお説教されて、眼がさめたなんて者は、古今東西にわたって一人もあった例(ためし)が無えんだ。姉と弟でも、ママとあいつとではまるで、雲泥(うんでい)のちがいなんだからなあ、いやになるよ。
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2007年11月22日

太宰治「斜陽」

他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ。


「お母さま、私ね、こないだ考えた事だけれども、人間が他の動物と、まるっきり違っている点は、何だろう、言葉も智慧(ちえ)も、思考も、社会の秩序も、それぞれ程度の差はあっても、他の動物だって皆持っているでしょう? 信仰も持っているかも知れないわ。人間は、万物の霊長だなんて威張っているけど、ちっとも他の動物と本質的なちがいが無いみたいでしょう? ところがね、お母さま、たった一つあったの。おわかりにならないでしょう。他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ。いかが?」
 お母さまは、ほんのりお顔を赤くなさって、美しくお笑いになり、
「ああ、そのかず子のひめごとが、よい実(み)を結んでくれたらいいけどねえ。お母さまは、毎朝、お父さまにかず子を幸福にして下さるようにお祈りしているのですよ」
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2007年10月20日

太宰治「斜陽」

そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。


 待つ。ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞えるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。
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