2008年07月27日

太宰治「善蔵を思う」

故郷の雰囲気に触れると、まるで身体が、だるくなり、我儘が出てしまって、殆(ほとん)ど自制を失うのである。


 私は、よくよく、駄目な男だ。少しも立派で無いのである。私は故郷に甘えている。故郷の雰囲気に触れると、まるで身体が、だるくなり、我儘が出てしまって、殆(ほとん)ど自制を失うのである。自分でも、おやおやと思うほど駄目になって、意志のブレーキが溶けて消えてしまうのである。ただ胸が不快にごとごと鳴って、全身のネジが弛(ゆる)み、どうしても気取ることが出来ないのである。次々と、山海の珍味が出て来るのであるが、私は胸が一ぱいで、食べることができない。何も食べずに、酒ばかり呑んだ。がぶ、がぶ呑んだのである。
[初出]『文芸』昭15年4月号

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2007年06月27日

太宰治「善蔵を思う」

故郷の者は、ひとりも私の作品を読まぬ。


 故郷の新聞社から、郷土出身の芸術家として、招待を受けるということは、これは、衣錦還郷(いきんかんきょう)の一種なのではあるまいか。ずいぶん、名誉なことなのでは無いか。名士、というわけのことになるのかも知れぬ、と思えば卒然、狼狽せずには居られなかったのである。沢山の汚名を持つ私を、たちの悪い、いたずら心から、わざと鄭重に名士扱いにして、そうして、蔭で舌を出して互に目まぜ袖引き、くすくす笑っている者たちが、確かに襖(ふすま)のかげに、うようよ居るように思われ、私は頗(すこぶ)る落ちつかなかったのである。故郷の者は、ひとりも私の作品を読まぬ。読むとしても、主人公の醜態を行っている描写の箇所だけを、憫笑(びんしょう)を以(もっ)て拾い上げて、大いに呆れて人に語り、郷里の恥として罵倒、嘲笑しているくらいのところであろう。
[初出]『文芸』昭15年4月号

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2007年02月20日

太宰治「善蔵を思う」

捨て切れないのである。ふるさとを、私をあんなに嘲ったふるさとを、私は捨て切れないで居るのである。


 どうせ出るなら、袴をはいて、きちんとして、私は歯が欠けて醜いから、なるべく笑わず、いつもきゅっと口を引き締め、そうして皆に、はっきりした言葉で御無沙汰のお詫びをしよう。すると、或いは故郷の人も、辻馬の末弟、噂に聞いていたよりは、ちゃんとしているでは無いかと、ひょっとしたら、そう思ってくれるかもわからない。出よう。やっぱり、袴をはいて出よう。そうして皆に、はきはきした口調で挨拶して、末席につつましく控えていたら、私は、きっと評判がよくて、話がそれからそれへと伝わり、二百里離れた故郷の町までも幽(かす)かに響いて、病身の老母を、静かに笑わせることが、出来るのである。絶好のチャンスでは無いか。行こう、袴をはいて行こうと、またまた私は、胸が張り裂けるばかりに、いきり立つのだ。捨て切れないのである。ふるさとを、私をあんなに嘲ったふるさとを、私は捨て切れないで居るのである。病気がなおって、四年このかた、私の思いは一つであって、いよいよ熾烈(しれつ)になるばかりであったのである。私も、所詮は心の隅で、衣錦還郷というものを思っていたのだ。私は、ふるさとを愛している。私は、ふるさとの人、すべてを愛している!
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2006年09月16日

太宰治「善蔵を思う」

芸術は、命令することが、できぬ。


 私は、その夜、やっとわかった。私は、出世する型では無いのである。諦めなければならぬ。衣錦還郷のあこがれを、此(こ)の際はっきり思い切らなければならぬ。人間到るところに青山、と気をゆったり持って落ちつかなければならぬ。私は一生、路傍の辻音楽師で終るのかも知れぬ。馬鹿な、頑迷のこの音楽を、聞きたい人だけは聞くがよい。芸術は、命令することが、できぬ。芸術は、権力を得ると同時に、死滅する。
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