2013年09月28日

太宰治「みみづく通信」

くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。


 私の講演は、それで終りました。一時間半かかりました。つづいて座談会の筈でありましたが、委員は、お疲れのようですから、少し休憩なさい、と私にすすめてくれましたが、私は、
「いいえ、私のほうは大丈夫です。あなた達のほうがお疲れだったでしょう。」と言いましたら、場内に笑声が湧わきました。くたくたに疲れてから、それから私はたいへんねばる事が出来ます。君と、ご同様です。
[初出]『知性』昭16年1月号

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posted by 北田信 at 19:07| みみづく通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

太宰治「みみづく通信」

朝日は、やっぱり偉いんだね。新鮮なんだね。


 日本海。君は、日本海を見た事がありますか。黒い水。固い浪。佐渡が、臥牛(がぎゅう)のようにゆったり水平線に横わって居ります。空も低い。風の無い静かな夕暮でありましたが、空には、きれぎれの真黒い雲が泳いでいて、陰鬱でありました。荒海や佐渡に、と口ずさんだ芭蕉の傷心もわかるような気が致しましたが、あのじいさん案外ずるい人だから、宿で寝ころんで気楽に歌っていたのかも知れない。うっかり信じられません。夕日が沈みかけています。
「君たちは朝日を見た事があるかね。朝日もやっぱり、こんなに大きいかね。僕は、まだ朝日を見た事が無いんだ。」
「僕は富士山に登った時、朝日の昇るところを見ました。」ひとりの生徒が答えました。
「その時、どうだったね。やっぱり、こんなに大きかったかね。こんな工合いに、ぶるぶる煮えたぎって、血のような感じがあったかね。」
「いいえ、どこか違うようです。こんなに悲しくありませんでした。」
「そうかね、やっぱり、ちがうかね。朝日は、やっぱり偉いんだね。新鮮なんだね。夕日は、どうも、少しなまぐさいね。疲れた魚の匂いがあるね。」
 砂丘が少しずつ暗くなりました。遠くに点々と、散歩者の姿も見えます。人の姿のようでは無く、烏(からす)の姿のようでした。この砂丘は、年々すこしずつ海に呑まれて、後退しているのだそうです。滅亡の風景であります。
[初出]『知性』昭16年1月号

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posted by 北田信 at 23:09| みみづく通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

太宰治「みみづく通信」

何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまうのは、それあ怠惰だ。


 生徒が十五、六人、それに先生が二人、一緒に晩ごはんを食べました。生徒たちも、だんだんわがままな事を言うようになりました。
「太宰さんを、もっと変った人かと思っていました。案外、常識家ですね。」
「生活は、常識的にしようと心掛けているんだ。青白い憂鬱なんてのは、かえって通俗なものだからね。」
「自分ひとり作家づらをして生きている事は、悪い事だと思いませんか。作家になりたくっても、がまんして他の仕事に埋れて行く人もあると思いますが。」
「それは逆だ。他に何をしても駄目だったから、作家になったとも言える。」
「じゃ僕なんか有望なわけです。何をしても駄目です。」
「君は、今まで何も失敗してやしないじゃないか。駄目だかどうだか、自分で実際やってみて転倒して傷ついて、それからでなければ言えない言葉だ。何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまうのは、それあ怠惰だ。
 晩ごはんが済んで、私は生徒たちと、おわかれしました。
[初出]『知性』昭16年1月号

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