2008年04月03日

太宰治「『井伏鱒二選集』後記」

旅行に於て、旅行下手の人の最も閉口するのは、目的地へ着くまでの乗物に於ける時間であろう。すなわちそれは、数時間、人生から「降りて」居るのである。


 旅行の上手な人は、生活に於ても絶対に敗れることは無い。謂わば、花札の「降(お)りかた」を知って居るのである。
 旅行に於て、旅行下手の人の最も閉口するのは、目的地へ着くまでの乗物に於ける時間であろう。すなわちそれは、数時間、人生から「降りて」居るのである。それに耐え切れず、車中でウイスキーを呑み、それでもこらえ切れず途中下車して、自身の力で動き廻ろうともがくのである。
[初出]昭23年11月

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太宰 治
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posted by 北田信 at 21:23| 『井伏鱒二選集』後記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月12日

太宰治「『井伏鱒二選集』後記」

旅行は元来(人間の生活というものも、同じことだと思われるが)手持ち無沙汰なものである。


 井伏さんが本心から釣が好きということについては、私にもいささか疑念があるのだが、旅行に釣竿をかついで出掛けるということは、それは釣の名人というよりは、旅行の名人といった方が、適切なのではなかろうかと考えて居る。
 旅行は元来(人間の生活というものも、同じことだと思われるが)手持ち無沙汰なものである。朝から晩まで、温泉旅館のヴェランダの籐椅子に腰掛けて、前方の山の紅葉を眺めてばかり暮すことの出来る人は、阿呆ではなかろうか。
 何かしなければならぬ。
 釣。
 将棋。
 そこに井伏さんの全霊が打ち込まれているのだかどうだか、それは私にもわからないが、しかし、旅の姿として最高のもののように思われる。金銭の浪費がないばかりでなく、情熱の浪費もそこにない。井伏さんの文学が十年一日の如く、その健在を保持して居る秘密の鍵も、その辺にあるらしく思われる。
[初出]昭23年11月

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posted by 北田信 at 15:18| 『井伏鱒二選集』後記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

太宰治「『井伏鱒二選集』後記」

旅行の上手な人は、生活に於ても絶対に敗れることは無い。


 旅行は元来(人間の生活というものも、同じことだと思われるが)手持ち無沙汰なものである。朝から晩まで、温泉旅館のヴェランダの籐椅子に腰掛けて、前方の山の紅葉を眺めてばかり暮すことの出来る人は、阿呆ではなかろうか。
 何かしなければならぬ。
 釣。
 将棋。
 そこに井伏さんの全霊が打ち込まれているのだかどうだか、それは私にもわからないが、しかし、旅の姿として最高のもののように思われる。金銭の浪費がないばかりでなく、情熱の浪費もそこにない。井伏さんの文学が十年一日の如く、その健在を保持して居る秘密の鍵(かぎ)も、その辺にあるらしく思われる。
 旅行の上手な人は、生活に於ても絶対に敗れることは無い。謂わば、花札の「降(お)りかた」を知って居るのである。
 旅行に於て、旅行下手の人の最も閉口するのは、目的地へ着くまでの乗物に於ける時間であろう。すなわちそれは、数時間、人生から「降(お)りて」居るのである。それに耐え切れず、車中でウイスキーを呑み、それでもこらえ切れず途中下車して、自身の力で動き廻ろうともがくのである。
[初出]昭23年11月

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