2009年01月28日

太宰治「未帰還の友に」

僕は自分の悲しみや怒りや恥を、たいてい小説で表現してしまっているので、その上、訪問客に対してあらたまって言いたい事も無かった。


 その頃から既に、日本では酒が足りなくなっていて、僕が君たちと飲んで文学を談ずるのに甚(はなは)だ不自由を感じはじめていた。あの頃、僕の三鷹の小さい家に、実にたくさんの大学生が遊びに来ていた。僕は自分の悲しみや怒りや恥を、たいてい小説で表現してしまっているので、その上、訪問客に対してあらたまって言いたい事も無かった。しかしまた、きざに大先生気取りして神妙そうな文学概論なども言いたくないし、一つ一つ言葉を選んで法螺(ほら)で無い事ばかり言おうとすると、いやに疲れてしまうし、そうかと言って玄関払いは絶対に出来ないたちだし、結局、君たちをそそのかして酒を飲みに飛び出すという事になってしまうのである。
[初出]『潮流』昭21年5月号

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2006年11月24日

太宰治「未帰還の友に」

僕は、君たちから僕のつまらぬ一言一句を信頼されるのを恐れていたのかも知れない。


 酒を飲むと、僕は非常にくだらない事でも、大声で言えるようになる。そうして、それを聞いている君たちもまた大いに酔っているのだから、あまり僕の話に耳を傾けていないという安心もある。僕は、君たちから僕のつまらぬ一言一句を信頼されるのを恐れていたのかも知れない。ところが、日本にはだんだん酒が無くなって来たので、その臆病な馬鹿先生は甚だ窮したというわけなのだ。その時にあたり、僕たちは、実によからぬ一つの悪計をたくらんだのである。岡野金右衛門の色仕掛けというのが、すなわちそれであった。
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