2010年06月15日

太宰治「道化の華」

笑顏をつくることは、青年たちにとつて、息を吐き出すのと同じくらゐ容易である。


 彼等は、よく笑ふ。なんでもないことにでも大聲たてて笑ひこける。笑顏をつくることは、青年たちにとつて、息を吐き出すのと同じくらゐ容易である。いつの頃からそんな習性がつき始めたのであらう。笑はなければ損をする。笑ふべきどんな些細な對象をも見落すな。ああ、これこそ貪婪な美食主義のはかない片鱗ではなからうか。けれども悲しいことには、彼等は腹の底から笑へない。笑ひくづれながらも、おのれの姿勢を氣にしてゐる。彼等はまた、よくひとを笑はす。おのれを傷つけてまで、ひとを笑はせたがるのだ。
[初出]『日本浪曼派』昭10年5月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「道化の華」を収録している本をamazonで買う
▼晩年(新潮文庫)
太宰 治
4101006016

▼晩年(角川文庫)
太宰 治
4041099013

▼太宰治全集〈1〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022511

▼太宰治全集〈2〉小説(1)(筑摩書房)
太宰 治
4480710523
posted by 北田信 at 22:48| 道化の華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月28日

太宰治「道化の華」

美しい感情を以て、人は、惡い文學を作る。


 僕は三流作家でないだらうか。どうやら、うつとりしすぎたやうである。パノラマ式などと柄でもないことを企て、たうとうこんなにやにさがつた。いや、待ち給へ。こんな失敗もあらうかと、まへもつて用意してゐた言葉がある。美しい感情を以て、人は、惡い文學を作る。つまり僕の、こんなにうつとりしすぎたのも、僕の心がそれだけ惡魔的でないからである。ああ、この言葉を考へ出した男にさいはひあれ。なんといふ重寶な言葉であらう。けれども作家は、一生涯のうちにたつたいちどしかこの言葉を使はれぬ。どうもさうらしい。いちどは、愛嬌である。もし君が、二度三度とくりかへして、この言葉を楯にとるなら、どうやら君はみじめなことになるらしい。
[初出]『日本浪曼派』昭10年5月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「道化の華」を収録している本をamazonで買う
▼晩年(新潮文庫)
太宰 治
4101006016

▼晩年(角川文庫)
太宰 治
4041099013

▼太宰治全集〈1〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022511

▼太宰治全集〈2〉小説(1)(筑摩書房)
太宰 治
4480710523
posted by 北田信 at 21:10| 道化の華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月31日

太宰治「道化の華」

作家は、おのれのすがたをむき出しにしてはいけない。それは作家の敗北である。


 これはきざな言ひかたであるが、僕が長生きして、幾年かのちにこの小説を手に取るやうなことでもあるならば、僕はどんなにみじめだらう。おそらくは一頁も読まぬうちに僕は堪へがたい自己嫌悪にをののいて、巻を伏せるにきまつてゐる。いまでさへ、僕は、まへを読みかへす気力がないのだ。ああ、作家は、おのれのすがたをむき出しにしてはいけない。それは作家の敗北である。美しい感情を以て、人は、悪い文学を作る。僕は三度この言葉を繰りかへす。そして、承認を与へよう。
[初出]『日本浪曼派』昭10年5月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「道化の華」を収録している本をamazonで買う
▼晩年(新潮文庫)
太宰 治
4101006016

▼晩年(角川文庫)
太宰 治
4041099013

▼太宰治全集〈1〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022511

▼太宰治全集〈2〉小説(1)(筑摩書房)
太宰 治
4480710523
posted by 北田信 at 21:21| 道化の華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月05日

太宰治「道化の華」

告白するのにも言葉を飾る。


 許して呉れ! 嘘だ。とぼけたのだ。みんな僕のわざとしたことなのだ。書いてゐるうちに、その、雰囲気のロマンスなぞといふことが気はづかしくなつて来て、僕がわざとぶちこはしたまでのことなのである。もしほんたうに土崩瓦解に成功してゐるのなら、それはかへつて僕の思ふ壺だ。悪趣味。いまになつて僕の心をくるしめてゐるのはこの一言である。ひとをわけもなく威圧しようとするしつつこい好みをさう呼ぶのなら、或ひは僕のこんな態度も悪趣味であらう。僕は負けたくないのだ。腹のなかを見すかされたくなかつたのだ。しかし、それは、はかない努力であらう。あ! 作家はみんなかういふものであらうか。告白するのにも言葉を飾る。僕はひとでなしでなからうか。ほんたうの人間らしい生活が、僕にできるかしら。かう書きつつも僕は僕の文章を気にしてゐる。
[初出]『日本浪曼派』昭10年5月号

●ホームページ『太宰治論』はこちらです。


「道化の華」を収録している本をamazonで買う
▼晩年(新潮文庫)
太宰 治
4101006016

▼晩年(角川文庫)
太宰 治
4041099013

▼太宰治全集〈1〉(ちくま文庫)
太宰 治
4480022511

▼太宰治全集〈2〉小説(1)(筑摩書房)
太宰 治
4480710523
posted by 北田信 at 22:33| 道化の華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。