2011年03月07日

太宰治「女生徒」

肉体が、自分の気持と関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。


 お風呂がわいた。お風呂場に電燈をつけて、着物を脱ぎ、窓を一ぱいに開け放してから、ひっそりお風呂にひたる。珊瑚樹の青い葉が窓から覗いていて、一枚一枚の葉が、電燈の光を受けて、強く輝いている。空には星がキラキラ。なんど見直しても、キラキラ。仰向いたまま、うっとりしていると、自分のからだのほの白さが、わざと見ないのだが、それでも、ぼんやり感じられ、視野のどこかに、ちゃんとはいっている。なお、黙っていると、小さい時の白さと違うように思われて来る。いたたまらない。肉体が、自分の気持と関係なく、ひとりでに成長して行くのが、たまらなく、困惑する。めきめきと、おとなになってしまう自分を、どうすることもできなく、悲しい。なりゆきにまかせて、じっとして、自分の大人になって行くのを見ているより仕方がないのだろうか。
[初出]『文学界』昭14年4月号

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posted by 北田信 at 20:41| 女生徒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

太宰治「道化の華」

笑顏をつくることは、青年たちにとつて、息を吐き出すのと同じくらゐ容易である。


 彼等は、よく笑ふ。なんでもないことにでも大聲たてて笑ひこける。笑顏をつくることは、青年たちにとつて、息を吐き出すのと同じくらゐ容易である。いつの頃からそんな習性がつき始めたのであらう。笑はなければ損をする。笑ふべきどんな些細な對象をも見落すな。ああ、これこそ貪婪な美食主義のはかない片鱗ではなからうか。けれども悲しいことには、彼等は腹の底から笑へない。笑ひくづれながらも、おのれの姿勢を氣にしてゐる。彼等はまた、よくひとを笑はす。おのれを傷つけてまで、ひとを笑はせたがるのだ。
[初出]『日本浪曼派』昭10年5月号

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2010年05月23日

太宰治「斜陽」

ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。


 待つ。ああ、人間の生活には、喜んだり怒ったり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの一パーセントを占めているだけの感情で、あとの九十九パーセントは、ただ待って暮らしているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞えるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生れて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。そうして毎日、朝から晩まで、はかなく何かを待っている。みじめすぎます。生れて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。
[初出]『新潮』昭22年7〜10月号

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2010年03月18日

太宰治「富嶽百景」

富士山、さやうなら、お世話になりました。


 まんなかに大きい富士、その下に小さい、罌粟(けし)の花ふたつ。ふたり揃ひの赤い外套を着てゐるのである。ふたりは、ひしと抱き合ふやうに寄り添ひ、屹(き)つとまじめな顔になつた。私は、をかしくてならない。カメラ持つ手がふるへて、どうにもならぬ。笑ひをこらへて、レンズをのぞけば、罌粟の花、いよいよ澄まして、固くなつてゐる。どうにも狙ひがつけにくく、私は、ふたりの姿をレンズから追放して、ただ富士山だけを、レンズ一ぱいにキャッチして、富士山、さやうなら、お世話になりました。パチリ。
「はい、うつりました。」
「ありがたう。」
 ふたり声をそろへてお礼を言ふ。うちへ帰つて現像してみた時には驚くだらう。富士山だけが大きく写つてゐて、ふたりの姿はどこにも見えない。
[初出]『文体』昭14年2、3月号

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2010年02月17日

太宰治「風の便り」

生きているのと同じ速度で、あせらず怠らず、絶えず仕事をすすめていなければならぬ。


 どこまで行ったら一休み出来るとか、これを一つ書いたら、当分、威張って怠けていてもいいとか、そんな事は、学校の試験勉強みたいで、ふざけた話だ。なめている。肩書や資格を取るために、作品を書いているのでもないでしょう。生きているのと同じ速度で、あせらず怠らず、絶えず仕事をすすめていなければならぬ。駄作だの傑作だの凡作だのというのは、後の人が各々の好みできめる事です。作家が後もどりして、その評定に参加している図は、奇妙なものです。作家は、平気で歩いて居ればいいのです。
[初出]『文学界』昭16年11月号

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posted by 北田信 at 23:15| 風の便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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